華原朋美が薬をしてたのは何の薬?名前や種類は?顔が別人?松浦氏は?
一時は歌手引退かと思われたが見事復活した華原朋美さん。
今回は
・薬をしていたのは何の薬?
・名前や種類は?
・顔が別人だった?
・MAX松浦にすすめられた?
・24時間依存状態だった?
ということなどについて画像とともに検証します。
プロフィール
名前:華原 朋美(かはら ともみ)
本名:下河原 朋美(しもがわら ともみ)
生年月日:1974年8月17日
年齢:41歳
実家:東京都江東区生まれ千葉県浦安市育ち
身長156cm
体重42kg
スリーサイズはB86・W58・H84
ちなみに、実家は鉄鋼関連会社をしているようで金持ちなんだとか。
家族構成
4人兄弟(兄2人、弟)の一人娘である華原。
父が鉄鋼関連会社社長、母親も小料理店と健康食品会社を経営しており、兄弟も全員経営者。
猿江1丁目あたりにお店があるそうです。
学歴
千葉県の昭和学院小学校卒業後、私立松蔭中学校・高等学校を卒業する。
高校卒業後は、美容師を目指し山野美容専門学校に入るも、芸能界入りを決意し退学した。
ちなみに、高校の偏差値は50あたりとのことです。
3歳頃、「あれに乗りたい!」の一言で始めた趣味の乗馬は、高校3年生の時に出場した1992年山形べにばな国体で4位入賞という好成績を修めている。
経歴
高校3年の時、渋谷の吉野家で当時の事務所アバンギャルドにスカウトされ芸能界入り。
1993年から『さんまのナンでもダービー』でレギュラーアシスタントを務め、テレビ初出演
1994年アイドルとしてバラエティ番組『天使のU・B・U・G』(1994年10月〜1995年3月)にレギュラー出演していた際、
視聴していた小室哲哉に見初められ、番組プロデューサを介して小室が当時青山で経営していた店「TJM」に呼ばれたことがきっかけでほどなく小室との交際が始まる。
2007年6月以降、芸能活動を長期休業していたが、2012年11月23日、同年12月1日付での旧所属事務所への復帰および、
年末の12月5日に『FNS歌謡祭』で5年半ぶりに芸能活動を再開することが、プロダクション尾木から正式発表され、復帰を果たした。
また、血液型A型が実はO型であったことを2014年6月に明らかに。
ちなみに、華原さんと小室さんが破局した理由は
華原さんが性格的にわがままだったことや
日本で生活を送っていた華原さんとアメリカで生活を送っていた小室さんとの間で
すれ違いが多くなったことが原因だったようです。
薬について
小室さんと破局し、歌手活動を休止していた2007年頃に
薬物依存の疑いが出ていました。
実際には何の薬を服用していたのかというと
精神安定剤や睡眠剤なんだそうですが、
その具体的な種類や名前は
SSRI
リタリン
ハルシオン
マイナートランキライザー
メジャートランキライザー
抗アセチルコリン薬
だと言われています。
当時、衝撃的だったのが全盛期の頃と比べて明らかにかあった華原さんの顔の表情です。
目がトローンとしていて
まるで別人ですよね。
また、華原さんが薬に手を出すようになったのは
エイベックスの社長・MAX松浦こと、松浦勝人さんの影響があったと言われています。
松浦さん自身も大麻までの薬物に手を出していて
当時、小室さんと別れて傷心状態だった華原さんが松浦さんを頼りにしていたのですが、
その心を利用して薬物漬けにして24時間依存状態だったという噂まであります。
松浦さんは2003年にモデルの畑田亜希さんと結婚しているのですが、
結婚後も女遊びが激しく、現在は西野カナに手を出しているとも言われています。
華原さん自身も当時は精神的に弱い時期もあったことを認めているので
無事に復活したことで今後頑張ってほしいですね。
まとめ
いかがでしたか?
今回は、華原朋美さんが何の薬をしていたかは
精神安定剤や睡眠剤を多量服用していた。
ということなどをお送りしました。
2015年末のFNS歌謡祭で広瀬香美さんとのコラボなんかは本当に素晴らしかったですね。
やはり華原さんは歌を歌っているときが一番輝いていますので
今後も歌手活動を頑張っていってほしいですね。